サバティーニで昼食を

サバティーニと真行寺君枝

わたしの好きなレストランのご紹介です 。

青山のサバティーニで昼食をしました。姉の古希のお祝いで、シャンパンで乾杯をしました。

わたしは一昨年、還暦を迎えましたが、そんなわたしが気ままに付けた世代ネームをぜひ共有していただきたいです。60代=ルビー世代。70代=エメラルド世代。80代=サファイア世代。90代以上=ダイアモンド世代。いかがでしょうか、希望が溢れませんか?

ルビー、エメラルド、サファイア、ダイアモンド
60’s=ルビー世代 70’s=エメラルド世代 80’s=サファイア世代 90’s~=ダイアモンド世代

先日、岩波ホールで映画を観ました。『モルエラニの霧の中』をシニア料金で観ましたが、シニアが老齢者という意味だとすると、なんだか面白くありません。わたしが育った時代は、現在のような子供がメインの文化ではなかったと思います。だからジェームズ・ディーンの『理由なき反抗』(1955年製作・公開)が満たされない若者の共感を呼んだのです。わたしは公開の4年後に生まれました。

ヨーロッパには大人の時間があります。大人の文化もきちんと存在します。歳を重ねるのはよいことだ!わたしの師匠の松岡正剛先生に、若いときは70代の知者に積極的に会って学んだと聞いています。

このくらいにしましょう。ややこしいことを言い出すのは野暮、おいしいお話をはじめましょう。

目次

 イタリアンレストラン – サバティーニ

イタリアンコース料理サバティーニ
前菜 / そら豆のポタージュ / アオリイカとほうれん草のパスタ / 鰆(さわら)の葉の花ソース

フォカッチャ(オリーブを練り込んで焼いたパン)に添えられたタプナードが美味しかったです。普通、パン用にオリーブオイルが出てきますが、オリーブオイルの中に、オリーブの塩漬けが刻まれてペースト状になって入っていました。珍しくて、味もよくてこれは真似しなければと思いました。

夕食用に、隣のピッツァリアでマルゲリータを5枚もテイクアウトしてしまったので、ご近所にもお裾分けして喜ばれました。

サバティーニのデザート皿と飲み物
ヨーグルトムース / カフェラテ

 初めてのローマで知ったサバティーニ

おいしいイタリアンが食べたくて記憶をたどり(ちょっと大げさ)、久方ぶりに出かけたのでしたが、その昔、サバティーニに行くようになったきっかけは、ローマの本店に行ったことに始まります。ローマは何度か旅しましたが行く度、滞在中に必ず2回はサバティーニで夕食をとります。ほかを知らないということもありますが、テーブルにまわってくるカンツォーネの演奏や花売りの賑やかで楽しい雰囲気が疲れを癒し、忘れ難い旅の思い出を作ってくれるからです。

ローマの街はどこもかしこも博物館か美術館のようで、本当に魅了されます。けれども初めて行ったときは、大変な目に遭いました。

それは、テレビマンユニオン制作のスペシャルドラマ『スペイン子連れ留学』の撮影を済ませた後の、一週間のバカンスでした。

マドリッドから一人でローマに入ったのです。20歳くらいのときのことです。ローマのフィウミチーノ空港に着いて、まずはペソからリラに両替しました。まだユーロの時代ではありません。

ホテルを手配するのに案内のインフォメーションの前で並んでいるわたしの姿は、傍ら見れば一目でこころもとないことを覚らせていたのでしょう。すかさずタクシーの運転手が、いいホテルを紹介するから車に乗るようにとわたしを促しました。これが白タクだったのです。うら若い日本女性の一人旅、絶好のカモに見えたのですね。

ホテルに到着すると、タクシーを降りて、料金を払いました。そこまでは良かったのですが、その後がいけません。運転手は、フロントで、料金を再度要求してきました。わたしは払ったと主張しましたが、運転手はもらっていないと言い張るのです。それでフロントの男性が、運転手にポケットのなかを見せるように言いました。ドライバーはポケットに手を入れて探って見せ、何も入っていないとアピールします。結局、日本円で3万円以上もとられてしまいました。

情けないやら悔しいやら、落ち込んでしまいましたが、気を取り直し、文化出版の『ミセス』編集部がローマに来ていたので合流することにしました。その指定の場所がサバティーニだったのです。仕事仲間に会えてほっとしました。現地在住の画家のご夫妻も紹介していただき、美味しい料理を堪能して安堵し、やっと気持ちを落ちつかせることができました。これがサバティーニを知ったエピソードです。

ローマのサバティーニ
ローマのサバティーニ住所 Piazza di Santa Maria in Trastevere, 13, 00153 Roma RM, イタリア 前方はサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ聖堂。その手前は噴水のある広場。

 前方のサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ広場と聖堂

サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ広場
サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ広場 ナイトライフの中心地の1つ / 噴水
サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ聖堂
サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ聖堂

レストランの前方に見えるのは、サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ広場で、その奥がサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ聖堂です。

サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ聖堂の司教の玉座の碑文には、ローマで最初の教会でイエスの母マリアに捧げられた、と記されています。別の主張をする人もいますが、確かに市内で最も古い教会の1つで、起源は220年頃の設立とされています。12世紀に全面的に改築がなされたロマネスク様式に分類されています。これはゴシックの前の建築様式になります。

「トラステヴェレ」というのは地名です。テヴェレ川西岸の庶民的な下町です。夕暮れ時に最も美しい姿を見せるサンタンジェロ橋の南に位置します。テヴェレ川を渡った東側には、真実の口やコロッセオ、フォロ・ロマーノなどの観光名所があります。

サンタンジェロ橋
カトリック教会の総本山サン・ピエトロ大聖堂(バチカン)手前のサンタンジェロ
コロッセオ・真実の口・フォロ・ロマーノ
上:フォロ・ロマーノ 下:コロッセオ(円形闘技場) 真実の口(海神オケアノス)

 イタリア料理はカジュアル

青山で久しぶりに食べたサバティーニのスパゲッティの硬さは、イタリアの本場の味でした。しっかりと芯が残っています。これって癖になる美味しさです。初めて食べたときは、びっくりしましたが。

イタリアのレストランはどこも料理がカジュアルで、これまたびっくりします。果物の盛り合わせを頼むと、コンポートの中には皮の剥いていない桃やりんごが出てきて、非常に切れの悪いナイフが添えられているだけなので、剥くのに苦労します。サラダもドレッシングがかかってきません。オイルとビネガー、塩と胡椒がテーブルに置いてあって、自分で適当に味付けをします。21世紀の超高級レストランは別かもしれませんが、大体どこもこのようなスタイルです。細やかな気配りがなく、そうしたことにはこだわらない実質重視は、かえって新鮮な驚きを与えてくれて魅力的にさえ映ります。とにかく、ちまちましていない大らかな明るさに緊張がほぐれ、気分が晴れます。

 食材が曜日で決まっている!

イタリアでは料理の食材が曜日によって決まっています。全土でいえることですが、特にローマでは、この伝統を残しているレストランが多く見受けられます。

月曜日は、ボイルした肉とか肉や魚のスープとかミネストローネなど。火曜日は、魚料理。水曜日は、内臓料理やオックステール。木曜日は、腹持ちのよいニョッキ。金曜日は、バッカラ(タラの塩漬けの干物、またはそれを用いた料理)。キリストが亡くなった曜日のために肉類はタブーなのです。土曜日は、モツ煮込み。日曜日は、ラザニアなどのパスタ類を使ったオーブン料理。

年々、減少してはいるようですが、それでもイタリア人の約75%がカトリック教徒(2014年の世論調査。民間調査機関 EURISPES)なので、「曜日による食材」の習慣は、今も色濃く反映しているようです。

もう一つ驚いた食習慣は、夜よりも昼食にしっかりと重い食事を摂るということ。昼食を2~3時間かけて楽しみます。この考え方は内臓への負担を考えた場合、夜を軽めにして、日中の活動量の多い時間帯に十分な栄養を摂るということなので、理にかなっているのではないでしょうか。夜は家でくつろぎ、家族とともゆっくり過ごすのは大事です。また仕事から解放されて、自分と向き合う時間が作れるのですから、見習うべき習慣ではないでしょうか。

サバティーニでの昼食で、ローマを慕わしく思う気持ちが再び湧いてきました。旅がしたいです!

古代から水道が発達していたローマには、食文化も大いに育まれました。街には水が豊富で溢れています。中央に走るテヴェレ川だけではありません。噴水の宝庫というのは誰もの知るところです。トレビの噴水は、フェリーニの『甘い生活』の有名なシーンで眼に焼き付いていますが、特に世界遺産にも登録されているローマ近郊ティヴォリのエステ家別荘には、500もの噴水があります!

ティヴォリのエステ家別荘
ティヴォリのエステ家別荘

遺跡のなかに身をおくというのは、東京しか知らないわたしにはあこがれそのものです。今なら若い頃には気づかなかった歴史と文化を味わうことができるはず。そのときにはまた、サバティーニで硬いパスタを食べなくちゃ。噛み締めるほどに、記憶の底に眠っている、なにが目を覚まし、なにを発見するか、想像すると心が弾んで落ち着きません。

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