毀誉褒貶(キヨホウヘン)

西郷隆盛
エドアルド・キヨッソーネ作の版画(西郷の親戚を参考に想像で描写)

學魔・高山宏大人(うし)からお手紙を頂戴しました。その中に、「キヨホーヘン」という文字が記されていました。

無知なわたしのことです。「毀誉褒貶(キヨホウヘン)」のことと察することができなかったのですが、それはこの四字熟語を知らなかったからです。それでググってみると、「ほめたり、けなしたりすること」だと分かりました。

由来は、『論語』衛霊公の「毀誉」と、『漢書』芸文志の「褒貶」からということも分かりました。

類義語には「賛否両論」があり、こちらは分かりますが、もう一つに「雲翻雨覆(うんぽんうふく)」があります。

またしても分からず、早速調べたところ、「手を翻(ひるがえ)せば雲を作り、手を覆(くつがえ)せば雨」という言葉を略した四字熟語で、人の心や、世間の人々の考えは変わりやすいことの喩え。手のひらを上に向ければ雲が発生し、手のひらを返せば雨に変わる、このほんの少しの時間で状況が全く別のものになるという意味だそうです。出典は、詩聖・杜甫『貧交行』です。

上官周による杜甫
1743年。上官周による『晩笑堂画伝』に描かれた杜甫。画集は日本には江戸時代の初期に伝わり、広く知られた。

『貧交行』杜甫

手を翻せば雲となり 手を覆えば雨となる
紛紛たる軽薄 何ぞ数うるを須(もち)いん
君見ずや管鮑(かんぽう) 貧時の交わり
此の道 今人棄てて土の如し

現代語訳

手のひらを上に向ければ雲となり下に向ければ雨となる。くるくると変わる人情の軽薄さは問題にするまでもない。見たまえ、管仲と鮑叔の貧しい時、どんな交わりをしていたか。あれが本当の友人というもので、今の人はこの交わりを土くれのように捨ててしまっている。

解説

「管鮑の交わり」は、春秋時代の名宰相・管仲(かんちゅう 紀元前七世紀)とその親友・鮑叔(ほうしゅく)との故事です。管仲は若い頃とても貧乏でした。鮑叔と共に商売をしましたが、管仲はいつも儲けを多く取っていました。それでも鮑叔は管仲をとがめませんでした。また管仲は何度も任官してはその都度クビになりましたが、鮑叔はそれを嘲りませんでした。それだけではなく、管仲は三度戦争に行き、いずれも逃げ帰ってきましたが、それでも鮑叔は管仲を臆病者とは思いませんでした。管仲には老いた母親がいることを知っていたからです。その後、鮑叔の計らいによって宰相になった管仲は、「私を生んでくれたのは父母だが、私のことを本当に分かっているのは鮑叔だ」と語りました。このようにいつまでも変わらぬ友情を「管鮑の交」と言います。この鮑叔ですが、中国最初の紀伝体(人物ごとの事績を中心にした歴史記述)の通史『史記』には、人々は管仲の力量を見抜き信頼し続けた鮑叔を称えた、と記されています。

さて元に戻って、「毀誉褒貶」からもう少し学びたいと思います。

儒学は、江戸時代の国教で、それ以前は仏教僧の嗜みでした。幕末の儒家・佐藤一斎著『言志四録』の中の「言志録」その四・第八九条に、「当今の毀誉(きよ)は懼(おそ)るるに足らず。後世の毀誉は懼る可(べ)し。一身の得喪は(とくそう)は慮るに足らず。子孫の得喪は慮る可し。」とあります。

「現世でそしられたり、褒められたりしても、それは気にとどめることではない。それより死んでから批判される方が怖い。弁明もやり直しもきかないからだ。わが身の得失は心配にあたらないが、子孫に及ぼす影響はよくよく考えなくてはいけない。」といった意味になります。

渡辺崋山による佐藤一斎
弟子でもあった渡辺崋山による佐藤一斎の画

佐藤一斎の『言志四録』は、吉田松陰や西郷隆盛にも影響を与えました。この『言志四録』は、「言志録」「言志後録」「言志晩録」「言志耋(てつ)録」の四書の総称です。

「言志耋録」二一六条「毀誉四則・その四」には、「毀誉得喪は、真に是れ人生の雲霧なり。人をして昏迷せしむ。此の雲霧を一掃すれば、則ち天青く日白し。」とあります。

「褒められたり、けなされたり、得たり失ったりは誠に人生の雲や霧のようなもので、人の心を惑わすものだ。この心の雲と霧をきれいさっぱり一掃すれば、天は青く、日は白く燦然と輝いていることに気づき、人生は明るいものとなる」と一斎は説きました。

西郷にとって『言志四録』は終生の愛読書でした。西郷は「天の道を行う者は、天下こぞってそしっても屈しない。その名を天下こぞって褒めても驕(おご)らない」と名言を遺しています。人の言葉に一喜一憂しない西郷は、ことをおこすときには、天下でなく、天の心にかなっているかを問うたのです。

勝海舟にも毀誉褒貶の言葉が見られますが、その師である佐久間造山をはじめ昌平坂学問所の塾頭に抜擢された佐藤一斎は、幕末に多大な影響を与えた人物でした。一斎の子孫には、孫の一人に吉田茂の養母がおり、親族には大久保利通、牧野伸顕、麻生太郎、寬仁親王妃信子等が繋っています。

「キヨホーヘン」から思わぬ行方となりましたが、日本の精神の取り所だった儒学。この学びを深める必要多いにありと思った次第です。

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