幸せは「正義」の中にだけ存在する

不変の掟と法の女神テミス

あなたの心に住んでいる人は誰ですか?

あなたは誰を尊敬し、誰に魅せられ、誰に希望をみいだしているでしょうか?わたしはソクラテスなのです。

わたしがソクラテスに一番はじめに教わったことは「正義」でした。

ところで、自分は幸せだと実感できる人はどれほどいるでしょう。たとえ王侯貴族であっても、富豪であっても慈善家であっても、地位や名誉があってあらゆるものを所有したところで、老いや病は必然的に訪れます。不意の不幸に襲われることもあるでしょう。そうした考えを巡らすと、人を羨むことは不合理だと気づきます。

ソクラテスは、すべての人がよき生や幸福を望んでいるのに、人々がそれを逃すのは、真に「善きものとは何か」を知らないからで、真実には善きものとはいえない事柄(巨大な権力とか富)を、それと取り違えているからだと言いました。健康や富は、自己にとっての付属物のよさにすぎず、それゆえに、もしその使い方を知らなければ、それらの所有は幸福とはなりません。かえってそれらを誤って使えば、それだけ不幸を招くとも言いました。この意味で、「だれにせよ、悪行はすべて、それと知らずになされる」と説いたのです。

ソクラテスは、「魂の世話」をしなければならないと主唱しました。魂という言葉に戸惑うなら、心、精神と言い換えることもできます。

この魂をよい状態にするには、善でないものを善であると思うことが決してないようにすることです。自分の魂をできるだけよいものにすることとは、結局まさに魂が富や力や健康などを誤用しないように、善の知識を獲得することにほかなりません。

ここでは善悪の知としての意味での知のことですが、「すべての徳は一つであり、すべての徳は知である」と帰結できるでしょう。

それに対して一般に徳とみなされている「よさ」は、たいていは慣習の所産で、それらは善についての批評的な確証が欠けていて、幻影の如きものにすぎないのです。

今日はあなたに、わたしの教わった「正義」の話をさせてください。

ソクラテスを知ったのは、20年ほど前の21世紀が始まった頃のことです。

その10年ほど前、バブル経済の崩壊の時期にオーナーだったファッションメーカーが内部の背信行為が直接原因となって倒産してしまいました。わたしは女優に復帰して一家を支えたのですが、世紀末に力尽きて破産しました。そして一家離散し、息子を連れて実家に戻ったのです。これまでの人生の中で一番辛かったことです。当時のわたしは自分のことを世界一の不幸者だと思い込んでいました。心は闇を彷徨って、まるで業火(ごうか)に焼かれるような執着の炎が燃え盛り、消す術を見つけることができないまま心許ない暮らしを続けました。

それでも抱え切れない重責が軽くなり、時間的な余裕が生まれました。

気づくと、わたしはひたすらに服を縫い続けていました。

会社はメンズだったので自分用の服は他所で買わなければなりませんでしたが金銭的余裕がありませんでした。わたしは母が慈善バザーで買ってきてくれた服にトリミングを施したりボタンを変えて活用していました。そんなことから始まって、次第に簡単な服を縫いだしたのです。

それともう一つ、一心不乱に没頭したことがありました。心を奮い立たせるために頼みとした哲学です。本当なら夢中でしなければならないことは仕事であって1日も早く自立することだったのですが、それまで家でも外でも働きすぎて心身ともに憔悴(しょうすい)していました。考えてみると高校生のときからモデルの仕事をしていたので、勉強が疎かだったのです。気づくとわたしは知の欲求に駆られ、寝る間も惜しんで哲学書を紐解いていました。

そしてソクラテスを知りました。心を鷲掴みにされる思いがしました。それはソクラテスの死でした。これほど厳かに冷徹に覚悟した死に際を見たことも、読んだことも、触れたこともありませんでした。驚愕して心がふるえました。死を微塵も恐れない生身の人間などこの世にいるかと。

ソクラテス
ソクラテス像

このことはまた別の機会に書かせていただきますが、ご存じのようにソクラテスは毒ニンジンの盃を飲み干して死に至りました。それは、ソクラテスに反感を持つ扇動家に告訴され、裁判ではデマゴーグによって「ソクラテスの弁明」は退けられ死の判決を受けたからでした。

なぜ、罪なき罪で死ななければならなかったのでしょうか?

ソクラテスが言ったとされる「悪法も法なり」という言葉がありますが、法律とはもっとも尊く、どのようなことがあろうと絶対に守らなければならない約束だと考えていたからです。

もしも法に異議があったとしたら、力を尽くして改正しなければならないのは当然です。しかしその場になって、不備だと主張したり、遺憾だとして従わないのでは、法の尊厳は損なわれてしまいます。法とはそれほど重くまた貴重なもので、だからこそ法が法たり得る所以なのだと考えていたのです。

わたしは無一文になってはじめて、理性という知に気づきました。

ソクラテスは紀元前470年頃にアテナイで誕生し、紀元前399年に亡くなりました。ソクラテス以前の哲学は宇宙や地球、自然がどのようにできたのかというような天文学的なことや自然科学的なことを探究するものでした。はじめはソクラテスもそうした学びを続けていました。そこから、人間の心、魂、倫理的ものの本質、その背後にある不可知な存在を洞察する学問へと変化させ、アテナイ市民の精神の向上に人生を捧げまっとうする生涯を歩みだしました。その変化を生んだのは何だったかというと、それは戦争に従軍し悲惨の限りを目の当たりにしたことで生じたのです。

ソクラテスは、倫理上の事柄についてそこに普遍的なものを問い求め、また定義することに初めて思いを巡らした人です。

ソクラテスの定義とは、たとえば「正義」だとすれば、正義であるということに関して、すべての事例において「共通な一なるもの」を発見することでした。

それではソクラテスの説いた正義を、わたしなりに噛み砕いてしるします。

正義の女神ディケー
ゼウスとテミスの娘で正義の女神ディケー

少しおかしな質問になりますが、3択です。あなたはどれを選びますか?

1. 不正を行ってしまったが、人に知られず、利益を得ることができた。

2. 不正を行なってしまって、人に知られて、裁かれた。

3. 不正はせず、正義を行い、利益は得られなかった。

いかがでしょうか?

一番よいのは、3番です。正義を行うのが何よりも大事なことです。

これは誰でもすぐに理解できることです。では次によいのはどれでしょうか?2番だけは絶対に選びたくありませんよね。有罪になるなんて耐えられません。でも、2番なのです。人間は完全ではないので、誤って罪を犯すことがあり得ます。けれども罪は償えば許されて、清らかな身に戻ることができるのです。それが法です。

1番は、人に見つからず、利益にもなったのだからセーフ、その上ラッキーに映るかもしれません。しかしどうでしょうか?誰にも気づかれなかったとしても、罪を犯していることを自分には覆い隠すことはできません。常にやましい思いに囚われ、うしろめたい思いに苛(さいな)まれ、気の休まるときはありません。それは不幸です。人を嘘で騙せても、自分には嘘を突き通せない、なぜなら嘘だと知っているのですから。

これはまるで子供の頃に親や先生から習った道徳です。幼い頃に汚れのない瞳で親の顔を食い入るように目を凝らし、こうした話を真剣に聞いて学んだ記憶が誰にでもあるはずです。

わたしはすっかり忘れていました。物騒な話ですが、わたしはわたしの財産を奪った人になんとしてでも復讐したいと言う気持ちを捨てることができませんでした。人を騙すような人が本当にこの世にいるという事実が信じられませんでした。そうした受難を受けると、仕返ししたいという思いに束縛されて、本来の人としてあるべき姿の自分自身を見誤り見失い、底なしの沼に足を引っ張られるようにもがき苦しんで惑い続けるのです。

けれどもわたしはソクラテスに促されました。どのような目にあっても、不正を犯してはいけない。道理に外れた考えは、人を不幸にするだけです。正義をつらぬくその心の中にしか、幸せは訪れないと知らされました。2500年の時を超えて、諭(さと)されたのでした。

孫弟子にあたる(と言ってもソクラテスは弟子を取ったことはありませんでした。哲学仲間と考えていました。その理由は別の機会にお話しさせていただきます)アリストテレスは、人間の目的は幸福になることだと言いました。

幸せに生きましょう!その方法はただ一つ、正義を貫くことなのですね。幸せはそこにだけ宿っているのですね。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

参考文献『ゴルギアス』『ブリタニカ国際大百科事典』

トップ画像「不変の掟と法の女神テミス」

関連記事

特集記事

TOP