KIMIÉ流☆着こなし術

リントンツイードとアニオナ生地の自作手縫い服を着た真行寺君枝

あなたは相当におしゃれに敏感な方です。なぜ分かるかというと、このサイトには「美意識」が鋭い人しか訪れないからです。

装いに気を配る、ファッションに関心の高い人は、やはり美しく映ります。

着こなし術を身につけることは、洗練された大人の女性になることです。

バーナード・ショーの小説『ピグマリオン』が元になった『マイ・フェア・レディ』は舞台や映画で有名ですが、言語学の教授が花売り娘をレディに仕立てるお話です。娘は訛(なま)りと粗野な言葉遣いを矯正され、社交会デビューを目指してどんどんと優雅に磨かれていきました。この『マイ・フェア・レディ』の衣装や帽子のデザインは、ファッションカメラマンのセシル・ビートン卿でした。

セシル・ビートンデザインの『マイ・フェア・レディ』の衣装を着たオードリー・ヘップバーン
監督ジョージ・キューカーとオードリー

映画で主演したオードリー・ヘップバーンは、ビートンに大きなバラの花束を贈ったそうです。そしてそこにはメッセージが添えられていました。「綺麗になりたいと、わたしはこれまで望んできました。撮ってくださった写真を見たとき、わたしはわたし自身を美しいと思えました。あなたのおかげです。ありがとうございました」と。

セシル・ビートン
写真家セシル・ビートン卿
クリスティーズの競売にかけられたセシル・ビートンのデザイン画
クリスティーズの競売にかけられたセシル・ビートンのデザイン画 左「ココ」用キャサリン・ヘップバーン予備衣装 / キャロル・ローレンス「サラトガ」衣装

前置きが長くなりましたが、「美しくなる」ことは誰にでもできることだと、わたしは確信しています。気遣いがあるかどうか、この一点にかかっています。衣装だけのことではありません。髪型も小物選びも、立居振る舞いのプロトコル(外交儀礼 国際儀礼)も含めてです。美しい物事を愛する人は、美しくなれます。高いものだからいいとは限りません。あなた独自の工夫が決め手です。わたしのアイディアはつつみ隠さず、共有させていただきたいと思っています。

 目次


 はじめは、お手本をまねることから

人生におしゃれは欠かせません。それは生活にハリをもたらしてくれます。
暑さ寒さがしのげればなんでもいいの、というのでは特に女性にとっては大きな楽しみのひとつを無くすことになります。
かといって装いにばかり気をかけても他がおろそかでは、これもまた暗愚に写ってしまいます。
適度なあんばい、「さりげなさ」が大事です。オリジナリティを発揮しつつ、「これわたしの普通」まで落とし込みたいものです。


「あの人の着こなし抜群!」と周りの視線を集める存在になるには、何を心がければよいのでしょう。

あこがれの対象となる人は、その分野で抜きん出ている人です。
おしゃれは髪形・服装・お化粧などに気を配ることですが、これは各時代にふさわしい文化そのものです。

日本は明治になるまでキモノを着ていたので、洋服においては、まだまだ西洋に及べないのは仕方がありません。メンズですが、わたしは洋服のファッションメーカーのオーナーだったので、それが切実にわかるのです。

これは服装に限ったことではありません。インテリアや生活全体におけるデザイン、様式においても和式から洋式に変えて表面をまねても、風土や習慣などの長い歴史の上に培われたものの本質を会得することは、そう容易いものではないはずです。
考えてみてください。もし世界中の人が洋服ではなく日常的に和服を着ていたとしたらどうでしょう。
有職の技を用いた友禅などの繊細な文様と染め織物の豊かさ、多彩な糸を用いた先染めの西陣織の豪奢。その反対にいっけん素朴に見える紬は、その中の大島を例にあげると、細かく分けると50もの工程を経て作られると言います。こうした伝統の技巧は簡単にマスターできるものではありません。ここが重要なのですが、和服の根底に流れているスピリットをくみとらなければ、まとっていてもそれはただ着せられている風に映るだけで、着こなしているとは言えません。


それでもなにごとにおいてもまずは手本がなければ何もはじまりませんよね。歌舞伎などは、先代をまねる、うつすことこそが芸の継承なのだそうです。
まずは好きなブランドが提案する指向をとらえ、あなたの装いに取り込むことから始めればよいのです。

そしてあこがれの目標にターゲットを絞り、どこに特徴があり、どこがほかと違うのか、オリジナリティを発揮している要因を探ります。材質選び、デザインのこだわり、着心地のよさなどを丁寧に確かめてください。

トップの写真は、イタリーのアニオナ社のアルパカ生地をスーツに仕立てました。アニオナはディオールやサンローランも用いるブランドです。裏地は黒の100%シルクサテン。

トップスは、リントンツイードのエクスクルーシブ・ライン。リントンはシャネルツイードとして有名ですね。裏地はシャンパンゴールドカラーで100%シルクサテン。

どちらも自分で手縫いしました。製作日数:スーツ3日 トップス1日


 わたしのブランド歴

 ソニア・リキエル

ファッションデザイナーのソニア・リキエル
写真:Dominique Issermann

わたしのブランド遍歴は、ソニア・リキエルで幕を開けました。わたしが二十歳になる頃のあこがれの大人の女性たちはみな、ソニアのニットをまとって颯爽(さっそう)とした存在感をかもし出していました。
子供には手の届かない高級なブランドでしたが、最初は特別セールの入場券を手に入れることができたので、勇んで購入したのを覚えています。それでも一着10万円以上もしたのです!

ソニア・リキエルは80年代は日本ではセゾングループのエルビスが輸入販売を手掛けていて、ほかでは買えませんでした。当時は本当にとがったスピリットのブランドで、ニット生地かジャージ生地以外は扱いませんでした。それは従来の素材の概念を変えてしまう再発見でした。なぜなら、ニットやジャージは新素材ではないからです。しかしソニアは着方にオリジナリティを導入したのです。見せ方を変え、新感覚で捉えた「ずらしの手法」だったのです。

ソニアはニットでボディラインを強調させました。ときには大きなスリットが入って、セクシーな魅力も加味されていました。素肌にまとうと、もろに体形が響くので、着るためには痩せる必要がありました。おなかがふっくらしているのを解決しないとなりませんでした。

そして裏地がないことと、裏編みを表にしたのが特徴でした。コートにも裏地はありませんでした。それでデザインとしては完結していました。固定概念に縛られないソニアから、あなた流、わたし流で構わない、ということを学びました。

この頃のわたしのクロゼットは、端から端までエレガントでフェミニンなソニア一色(ほぼ黒と白)で詰めつくされました。

東京プリンスホテルの地下にピサという海外輸入ブランドを選りすぐって集めた高級サロンがあり、ソニアはそこにも入っていました。お買い物をしなくても、息抜きや見るだけでも学びになるお気に入りの場所でした。

ソニアはニットを武器に、誰にも影響されず独創的で、知的で洗練された精神で、「新しい女性らしさ」の世界を切り開きました。

パリのホテルリッツなどでソニア・リキエルの服を着た真行寺君枝の写真3枚
左 ローマ / 中・右 パリの裏通り・ホテルリッツ 妊娠7カ月。子育て中は動きやすいジャージ一辺倒。

 エルメス

仕事柄、服は絶対に欠かすことができない必需品なので、バブルが崩壊し自社プラクティス・オブ・サイレンスが倒産して、そうした意味からも困り写真撮影やドラマの際には、エルメスにお世話になるようになったのです。

当時のエルメス・ジャポンのコレクションは顧客がホテル西洋か米荘閣に招待される小規模なサロンでした。そしてショーの後はおいしいパーティーでした。ホテル西洋も米荘閣も今はもう存在しません。米荘閣はセゾングループの迎賓館で、敷地内には堤氏の自宅もありました。

また、毎年行われるサロンコンサートはとてもすてきな催しでした。手元にいくつかプログラムが残っていますが、10回目は「人魚の水曜日」という題目で、音楽に加えてバレエも行われました。こちらも年々規模が大きくなっていきました。大きくなることは経営にとっては重要なことですが、それまでのこぢんまりした会のエレガンスをとても懐かしく思い出します。

エルメスコンサートプログラムとパーティー
サロンコンサートプログラムとパーティー(行きは不平タラタラだったのに、途中からノリノリに)

なんと言っても忘れられないのは、世紀末の2000年に夜の豊島園を貸し切りで行ったパーティーです。参加した子供はうちだけでプレス中心のパーティーでしたが、あの一夜はみんな夢の世界に迷い込んで、すっかり幼心に帰って楽しんだのです。あんなにすてきな時間を授けてくれたことに、本当に感謝しています。お食事もホテル西洋のケータリング。わたしはドラマの収録を早々に終え、子供を学校からピックアップし、ミニクーパーを運転して夜の遊園地へ出向いたのですが、室内でのゲームでは大きなクマのぬいぐるみを二匹も獲得したり、風船やら何やらで、帰りには車がプレゼントでいっぱいになっていました。

エルメスでは服だけではなく、広範囲にエスプリを学びました。催事に限らずDMや季刊誌などの郵送物、どれをとってもエレガント。エルメスジャポン初代社長のご一家とは、今でも親しくおつきあいしています。

エルメスの服は、素材の良さを生かしたシンプルなデザインが特徴です。華美な装飾は一切ありませんが、ゴージャスなさえを見せるのは、テキスタイル画の妙技と言えるでしょう。

服だけではなく、装飾小物、特にスカーフは世界一。わたしは香水も愛用しています。キーホルダーとか、ネックレスなどの銀製品もデザインが秀逸です。食器類も人気です。

エルメスの私物は、また別の機会を設けてご覧いただければと思っています。

ユーロディズニーと椿山荘でエルメスの服を着た真行寺君枝
月刊女性誌『クスクス』(廃刊) ユーロディズニー /『with』椿山荘

 ジャン=ルイ・シェレル

エルメスがジャン=ルイ・シェレルを買収したので、それからはシェレルの素晴らしさに触れる機会が増えました。わたしのブランド遍歴の30代は、エルメスとシェレルに集約されます。思う存分、着用させていただきました。

ジャン・ルイ・シャレルのオートクチュール・ショーの写真
中央はブランドのミューズでシェレルの愛娘

エルメスは男性や子供用品、馬具用品などアイテムが豊富ですが、シェレルは女性に特化し、アクセサリーやパヒュームもありますが、メインは服です。オートクチュールも手がけるクチュリエだったので、女性にはたまらないスペシャルな要素が満載でした。高級な材質に宝飾がほどこされ、まさに女性であることの喜びを覚える服でした。

ジャン・ルイ・シェレルの服を着た真行寺君枝の写真2枚

スーツは直線的で、それでいて女性のボディラインを生き生きと表現します。本当に驚いたのは、タイトスカート。トイレでスカートがめくれないのです。膝にわずかな余裕を持たせないことで、腰から下のラインが美しく描き出されるのですが、用を足すときにはファスナーをおろして下に落すか、脱ぐ必要がありました。ソニアもストイックでしたが、ここまで徹底したデザインには今までかつてお目にかかったことがありません。

 シャネル

ココ・シャネルの写真

40代は自作の手縫いの服一辺倒で、それは60代になった今も持続中です。50代はシャネルのヴィンテージをリメイクして楽しんでいました。

例えば下の右側の写真は、ダブルのスーツなのですが、襟と袖口に厚い匁(もんめ)のシルクサテンを縫い付け、縁取りにはゴールドのブレードでトリミングしました。

右のスーツは白からピンクパープルに染め変えました。ブレードはオーガンジーの小さいバラがニ列に連なっています。ブルー、ピンク、ホワイトの巻きバラを全体に散らして縫い付けました。フロントのパープルサテンのリボンで結きます。

自分でリメイクしたシャネルを着た真行寺君枝の写真2枚

10代は、古着がばかり着ていたので、そこに戻ったような気分でしたが、ようやく、また新品の生地の張りが恋しくなり、60代の今はシャネルが使っているリントン(イギリス)やジュール・トゥルニエ(フランス)のツイード生地で、スーツを作っています。

40代からの働く女性はシャネルスーツです。わかったふうに勝手なことを言っていますが、ツイードは厚手なので暖かい。けれどもふっくらして見える。それを自分に許せるのは40代からで、わたしの場合はそれまでは、スーツを着こなす本格的な大人の女性にはなれませんでした。

ココ・シャネルが歩んだ道のりは、相当なものだったことと思います。詳しい伝記は知りませんが、そのスピリットは今でも確かに生きています。写真で見る限り、相当にキツそうなおばさんです。どこにそれほどの魅力が隠れているのでしょう。それも信者はほぼ同性の女性です。一枚の写真から発するところを察するに、辛辣(しんらつ)でも潔いかっこよさと言った佇まい(たたずまい)を感じさせます。わたしにはシャネルは男のように映ります。

心理学者ユングによると、男性は自分の中に女性性(アニマ)を持っていて、女性は自分の中に男性性(アニムス)を持っているそうです。それはごもっともで、あなたも自分の中に異性の性格、気質をもち合わせているはずです。

女性は人生を切り開く男性的な強さ、たくましさをシャネルの内に見いだし魅了されるのではないでしょうか。実際に服も男性仕様を女性服に取り入れたことが成功の要でした。それまでの女性は男性に媚びるかのようにコルセットで絞り上げられるだけ絞り上げ、ヒラヒラ、ナヨナヨしたドレスの裾をひるがえして、にっこり含み笑いして見せるのが美徳とされていました。シャネルはそんな女性に平手打ちを食らわせたのです。そうしてファッション界に斬新極まりなく現れてレボリューションをおこしたのでした。お堅い風習を背負った種族・女性には疎まれるかとおもいきや、一斉に同調のシュプレキコールをあげました。男がいなくても女は女、生きていけるのよ!と目覚めた瞬間だったのかもしれません。この歴史的意義は想像以上のパワーをなすもので、女子がキャーキャーほざいているだけと侮蔑するのは浅はかです。たかがファッションじゃないんです。軽んずべからずの「女の生きざま」そのものなのです。

 誰にでもできる、超簡単ソーイング

わたしは服飾会社で身上(しんしょう)を持ち崩しましたが、それ以来、針一本で服を縫ってきました。手縫いですので、オートクチュールと申せましょう!

しかしこれまでに習ったことはといえば、中学の家庭科でタイトスカートと簡単なブラウスを作ったことのみ。分からないままに作り出しました。そうです、誰にでもできる超簡単ソーイングです。

エルメスの箱に入った真行寺君枝の裁縫箱
年季が入った裁縫箱(エルメスからクリスマスプレゼントにいただいた箱とサシェで)

手縫いの洋裁をし始めて2年ほどすると、すでに30着以上になっていました。どれも拙いものではありましたが、トランクに詰めて資生堂の文化部に持ち込み、銀座本店ビルで個展『沈黙の練習』と題して開催していただいた懐かしい思い出があります。

なぜ針一本で縫っているのかというと、場所を取りたくないからです。裁縫箱には針と白糸と黒糸、メジャーくらいしか入っていませんが、これでこと足りてしまいます。ミシンは出したり片付けたりするのが億劫ですし、修正のとき、糸を解くのが厄介になります。

それともう一つの理由は、わたしの初舞台でのことです。三越劇場で、ウイリアム・インジ作『階段の上の暗がり』で八千草薫さんの娘に扮したのですが、そのときの衣装は美智子上皇の皇后時代のデザイナーでいらした故・植田いつ子先生でした。

早変わりがあったので舞台のそでで急いで着替えるのですが、着せ替えてくださる衣装さんがファスナーを下げるときに慌て壊してしまったのです。それで昼夜の休憩中に急遽、アトリエから直しにいらしたお針子さんに魅せられました。一針また一針と細かく手で縫い直してくださったのです。丹念なその作業に目が釘付けとなって感嘆し、見入っていました。

その時の記憶が心の中に残っていて、わたしを手縫いに導いたのかも知れません。

真行寺君枝の初舞台『階段の上の暗がり』の写真
植田いつ子先生デザインのドレス

 生地・装飾はネットオークションを活用

現在は生地はヤフオク!を活用し、それ以外でもほとんどインターネットで購入しています。シャネルで使われるリントンツイードを、日本正規代理店や楽天で買うことができます。

色と材質を確認できない難点はありますが、引きこもりのわたしにはネットはとても便利なツールです。

ヤフオク!は一単位が3メートルとか、7メートルとか多めでの出品が大半ですが、金額は自分で決められるので、落札終了の間近にドキドキしながら駆け引きするのも楽しんでいます。

わたしのほとんどの生地はシルクを使ってこしらえますが、リーズナブルな買い物ができるので、裏地にもシルクを多用できます。これはとても嬉しい贅沢です。

シルクは肌に直接触れるその感触がソフトで滑らかで、からだを心地よく包んでくれます。まさにお蚕さまのお陰ですね。肌に直接触れるものは、天然素材の綿かシルクがいいですね。ポリエステルやポリウレタンといったプラスティックは肌には毒、ということを覚えておいてください。

ネットで買うのは生地だけではありません。装飾用ブレード・モチーフ・ビジュー・リボンなどもネットで探します。チェコ製のガラスボタンはヤフオク!で手に入れることができます。わたしは靴に縫い付けることもあります。

イタリアやフランス、ドイツ製のビジューボタンは蒲田ユザワヤへ行きます。品ぞろえが豊富でおすすめです。

チェコのボタンなどビジューを縫いつけた靴
左からシェレルのイヤリング/アンティークのイヤリング/チェコボタン

 型紙は使わない

君枝式は型紙を使いません。生地の上に直接鉛筆で引いていきます。このようにいたって適当なので、続いているのかもしれません。売り物ではないので自分がよければ、それで構わないのです。

わたしの場合ですと、肩幅はおおよそ35センチくらいにし、上部ウエストまでは、ローなら50センチ位をとればいいし、ハイなら40センチくらい、ジャストなら45センチをとれば十分といった具合。

ワンピースの膝丈なら、100センチで大丈夫。毎度のことなので、こうした目分量で適当に帳尻をあわせます。

 一度の人生、好きな服を好きに着こなすには

これまで母や息子の服も、ことあるごとに作りました。節約は大事。しかしなにより、まごころ入り!を強調しておきます。通常は3日くらいで仕上げます。一番時間がかかるのは、デザインの構築です。

とりあえずいつも念頭においているのは、気候・気温と着やすさです。それ以外では、縫う部分を最小限にすることを考えます。縫いを少なくするのは手間を減らしたいのと、できるだけ縫い目を生地に響かせない配慮です。

作る場合だけに限らず、服選びに迷いはつきものです。人の目に、多少きばつに映りはしないか、ユニーク過ぎはしないか、なにか言われはしないか、はたまた似合わないかも、時間と場所も考え合わせなければならないし、会う人との選択がふさわしくなければなど、いろいろな観点を考慮し始めると迷ってしまって分からなくなってきます。

あなたがこのようなことで考えあぐねた場合、ご提案させてください。

あなたのかけがえのない人生です。これまでの人生、幼い頃から今まであなたはさまざまなことにおいて制限を受けてきました。着るものくらい好きにしていいのです。誰にはばかれるものでもありません。右へ習えはつまりません。個性がなければ無味乾燥。けれども奇抜は考えものです。品のないのは困ります。遊び心が加味された装いは、会う人をも楽しい気持ちにしますが、あくまでも上品であることを忘れたくありません。

長くつづってきましたが、一言でまとめると、外見は一眼で判断されます。こうした観点からも服というものはとても大事なアイテムですが、一度の人生、悔いを残さないためにもハードルの低い度胸試しです。好きな服を思いっきり粋にまとってエンジョイしてください!そうです、独創的に工夫を凝らして自己流を磨きましょう。

人と同じものを着ていれば安心でしょうか?無難な選択は野暮の骨頂。豊かな個性は育ちません。人に惑わされず、売れ筋は度外視するストイックさがあってこそ粋と言うもの。そうです。あなたがリーダーになってファッションを生み出していいのです。それでこそ、あなたは紅一点の輝きを放つのです。独自性を尊ぶ心意気を大切にしていただきたいと思います。

キミエ流☆着こなし術、いかがでしたでしょうか。服やアクセサリーの作り方、着方もお伝えしていきますので、楽しみになさってくださいね。

最後までおつき合いくださり、ありがとうございました。


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