メタバースを生んだネット

VR

巷で話題のメタバースとは、コンピューターの中に構築された3次元の仮想空間です。この空間を体験するには、VR(バーチャル・リアリティ)というデバイスを用いて体感します。

メタバースの「メタ」とはギリシア語で「 ~を超越する」という意味で、「バース」はユニバースのバースです。これは新たなルネサンスはたまた産業革命なのでしょうか?あるいは?ソニー、パソナ、パナソニックなど日本企業も続々と参入を発表しています。

映画の世界に迷い込んで擬似体験するというようなイメージがありますよね。そこでは何でもありで、何でもできちゃうみたいな。

メタバースという言葉は、アメリカの作家ニール・スティーヴンスンによる小説『スノウ・クラッシュ(1992年)』の作中に登場する、インターネット上の仮想世界とされています。ゴーグル型VRシステムが初めて登場したのも小説です。スタンリイ・G・ワインボウムによる短編小説『ピグマリオンズ  スペクタクル(1935年)』でした。これは視覚、嗅覚、触覚の仮想的な体験を、ホログラフィに記録して、ゴーグルに投影するというシステムで、バーチャル・リアリティのコンセプトの先駆けとなりました。最近では、ゴーグルはもう古い、コンタクトレンズで見る時代はいつ?といった記事を見かけます。

次々に進化する仮想世界ですが、歴史は繋がっているので、少し源泉を辿ってみましょう。色々な考え方があると思いますが、それは電気が実用化され日常生活で使えるようになった19世紀後半と捉えることができるかもしれません。近未来のあなたの生活を先読みすれば、完全に溶け込んでいるはずのメタバース。そんな光景を想像すると、フランスの風刺画家で小説家のアルベール・ロビダが頭に浮かんできます。ドラえもんの「のび太」は、このロビダから取られています。

アルベール・ロビダ 1900年と『2000年(1882年頃)のオペラの出口』リトグラフ ワシントン 米国議会図書館
右:アルベール・ロビダ 左:『2000年のオペラの出口』リトグラフ (1882年頃)米国議会図書館

メタバースはコンピューター上に構築された3次元の仮想空間ですが、19世紀末、フランスの風刺画家アルベール・ロビダはそうした未来を予言するような小説『20世紀の電気生活』を著しました。これはスタジオジブリ『ハウルの動く城』にも大きな影響を与えた作品です。

ロビダ
左:テレフォノスコープ 右:『ハウルの動く城』にも登場するフライングカヤック

人間の頭で想像できるもの全ては、いずれ現実になるのです。想像の範囲が限界値だということです。それでもそうした現実を迎えるには、伏線があるわけです。場所から場所へ移動する人口速度。それがキーワードになりそうです。

トレシビックのロコモーティブ
イギリスの機械技術者で蒸気機関車の発明者リチャード・トレシビックのロコモーティブ

近代イギリスが世界に誇れる発明品のひとつにロコモーティブ(蒸気機関車)があります。「場所から場所に移動する」という意味のラテン語に由来するロコモーティブは、国際共通語となりました。

人を運ぶ移動機械の次の課題は、外国との接続です。タイムテーブルから切符販売まで鉄道事業は国際的なルールを確立させなければなりませんでした。

さらに、この「走る密室」では、強盗や急病人が出た時にどのように対応すればよいかという問題には、なかなか解決策を見つけることができませんでした。

それを一気に解消したのは一体何だったと思いますか?

答えは、電信でした。この機能は列車と駅、列車と信号とをネットすることを可能とし、事故を劇的に減らしました。電信が全部の鉄道を一つに結びあわせて行ったのです。

走る蒸気機関は現在に置き換えるならば、それはまるで世界各地の個人や組織をつなぐインターネットのように感じられませんか?蒸気機関には、意外なところに大副産物も潜ませていたのです。

郵便列車
左上:日本・ドイツ・オーストリア 左下:オランダ・スウェーデン・イギリス

その大副産物とは一体何だったのでしょう。それは郵便事業でした。日本でも1872(明治5)年から1986年まで鉄道郵便が制度化されていましたが、郵便局は鉄道と都市との電信網を造りネットワークをも創り上げたのです。それよりも早く1846年には、ロンドン卸売値が鉄道のネットで地方市場に伝達されるようになり、全国共通の市価が形成されるようになったといわれています。国防や軍事的な要求に従って鉄道が敷設されたドイツやフランスは、電信の役割を何倍にも拡大させました。

それだけではありません。共通の電信システムで結ばれた世界の鉄道に、何よりも決定的な新システムが導入されたのです。それはグリニッジ標準時の導入でした。グリニッジから電信で刻々と各駅へ送られる標準時間は乗り継ぎや列車待ちを可能にし、「世界鉄道」とも呼ぶべきシステムを完成させていったのです。時刻表がつくられ、自由な長距離旅行が現実のものとなりました。

こうして観光旅行が誕生していくのです。高速に世界が繋がっていき、次々と新しいアイディアが出現します。1851年、ロンドン万博見物が、近代ツーリズムの祖トーマス・クックによって安全で簡単な初のパック旅行としてお目見えしました。その20年後、クックは世界最初の地球一周パックツアーを実現しました。同時期、ジュール・ヴェルヌは『八十日間世界一周』を著しました。現代に直せば、それはさしずめ宇宙旅行で、先日、宇宙ステーションに旅した前澤友作さんを思い出します。

機関車についで人口速度のトップに躍り出たのは、自動車でした。1769年、フランスで兵器を運ぶ目的で開発された世界初の自動車は、キュニョーの開発した蒸気三輪自動車でした。初期の自動車も三輪でしたが、当時は馬車が主流でした。

蒸気自動車
左:キュニョーの開発した蒸気三輪自動車レプリカ 右:初期の自動車 1886年製ベンツ

20世紀のイメージが万国博覧会と蒸気機関車と自動車ならば、その本質と深く関わって存在するのは、世界旅行。そしてここでのキーワードは「観光」でした。

1851年に始まった国際的な万国博覧会は、政治・経済上のユニバーサルネットワークを創り上げ、国家の壁を取り払いました。大概的には鎖国だった日本も特別出品しています。

その後、人々は世界のあちこちを見物するという「20世紀的な巡礼」に出発し始めました。観光とは中世の巡礼とほぼ同じ意味を持つ旅で、よく知られた名所を訪ねることです。その名所とは、歴史や自然の最も驚異的なクライマックスを示す場所です。実際に現地へ行くことは、次元を異にする旅のよろこびですが、観光とは、あらかじめその価値がわかっている名所の価値を確認することなので、バーチャルな体験でもよいことになります。万博はバーチャルな世界一周を追体験することでした。

1900年パリ万博
1900年パリ万博。「世界旅行パノラマ」の観客席が動揺する仕掛け。揺れながらパノラマを見学。まさにバーチャル・リアリティ。

20世紀が近づくにつれて万博の展示は世界の産業の祭典ではなく、世界旅行の祭典になっていくかのような変貌ぶりを呈しました。1900年のパリ万国博覧会では、各国のパビリオンが観光案内センターと化しました。有名だった「スイス」の村は、模造山岳に滝、渓谷、山小屋、岩屋、教会、スイスの民族芸能を上演する舞台も造られました。さらにユングフラウをパノラマで再現、人造の氷河まで展示されました。

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21世紀のバーチャル・リアリティは、実際の場所や万博会場に出向かずに、目の前に映し出される映像に没入する機器の装着だけで、その体感がもたらされます。仮想の世界が創り出す非現実の世界でありながら、しかもそれは現実になるという。まるで眠りながら観ている夢のようではありませんか。自分はアバターとなって異次元の住人となるのです。前からずっと気になっていて、一度、自分は本物の自分なのか知りたいと思っていました。思っていた通り、夢に中で鏡に映ったわたしは実際のわたしの顔ではありませんでした。わたしの場合は毎晩のあの不可思議な夢は、どちらかといえば見ない方がよかったと思えるものばかりで、その映像はなんだか虚無感と哀愁を漂わせています。理不尽で訳がわからないこれがわたしの潜在意識なのかと、そんな夢を見ていることに夢の中で気づき、目を開けて終わらせようと思って目を開くと、朝が訪れているのです。夢か現か、ますます判然としない時空に生きることになるだろう残りの人生ですが、人類に後戻りはないのだから、大きな波に飲み込まれつつも見るべき現実の裏と表をしっかり捉えて見据える目だけは養いたいものと思うのです。

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トップの写真は、ミズーリ州警備隊が実際のミッションに備えるためのVR(仮想環境)トレーニング

参考資料『奇想の20世紀』荒俣宏 NHK出版

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